明るいがん患者を目指して

自分が乳がんになったことを忘れないために、これまでの体験を振り返っていこうと思います。

初・外科外来受診(2016年11月8日)

人間ドックから約2週間、「悪い方に考えていれば、“良性”だった時にホッとできる」と思って過ごしてきました。


私を診察してくださる先生(主治医)が男性だということは分かっていたので、実はちょっと抵抗感がありました。


先に受診していた方の出入りの時に、少し先生が見えました。
どうやら、白髪頭の、年配の先生らしい…。
抵抗感に加え、やはり不安も募っていきます。


受診の当日、主人も用事が済み次第、病院に来てくれることになっていましたが、主人が現れる前に診察室に呼ばれてしまいました。


人間ドックでのマンモグラフィー・触診・エコー検査の結果から“乳がん”であることを告げる先生。
がん告知の様子って、テレビドラマでしか見たことがなかったから、「ご家族を呼んで…」とかって言われるものだと思っていたんだけど、それもなく淡々と現状を話していきました。だから私は、何だかあっけにとられてしまいました。


確かに、覚悟は決めて病院に行きましたが、こうもあっさり告げられるとは…。
だって、まだ画像診断だけで、生検?細胞診?もやっていないのに、もう“がん”だって分かっちゃうのぉ。


「残念ながら…」と先生に言われました。


身内にもがんサバイバーはいるので、【がん=死】とは思っていなかったけど、いざ自分が…ということになるとやはり「余命は?」と心配になりました。
すぐ【死】がどうこうというレベルではなかったようで、先生は「一緒に頑張っていきましょう」と言ってくれました。


いろいろと話している間に「この先生を信頼して病気に立ち向かっていこう」という気持ちになりました。


大きく取り乱すこともなく(まぁ、少しは涙ぐんだけど)、初の主治医の診察は進んでいき、今後の検査の予定を決めていきました。
「ああ、もう“がん”だと分かっているから、それ前提でどんどん話が進んでいくのだな」と思いました。
11月17日にPET検査、11月22日にMRI検査、11月30日に針生検を受けることになりました。


診察が終わって待合室で待っていると、ようやく主人がやってきて「どうだった?」
私が頭の上に両手でバッテンを作ってみせると、「マジ~っ」と主人は言いました。
でも、泣いてなかった…。自分のお父さんが“がん”だと分かった時は泣いてたのに、私の時は泣いてくれなかった…。これは、のちのちまでずっと言ってやるぞ!と思いました。
まぁ、泣かなかった理由は、「すぐ死ぬわけじゃないから」だそうですがね…。


(つづく)